黄昏の刻 第18話 |
「こんな暗い中でなにしてるんだ」 不機嫌そうな声が聞こえてきて、思わずペンを止めた。 「暗い?」 スザクの声に顔を上げれば、部屋の中は夕闇色に染まっていた。 「ああ、もうこんな時間なのか」 山と積まれた書類をさばくことに集中しすぎて、周りの変化に全く気が付かなかったが、既に書類に目を通すのも大変なほど部屋の中は暗くなっていた。ナイトオブゼロの騎士服を纏ったスザクは、部屋の照明を点けた後、不愉快そうな顔のまま窓辺へ近づき、次々カーテンを閉めていく。 別にお前がすることではないだろうと口を開きかけたのだが、スザクがこうして自分のためにな気かをしてくれるのは久しぶりのことで、もうすぐそんな姿を見ることは叶わなくなるのだと気が付き、声をかけるのをやめた。 その代わり何も言わず、黄昏時の空を眺めた。 静かな部屋の中、スザクの歩く靴音と、カーテンの閉まる音だけが聞こえた。 その時、ふと頭によぎったことがあった。 まもなく終わるこの人生のその先。 今まで考えたこともない光景。 浮かんだその光景は、スザクがカーテンを閉め、外の景色が見えなくなると同時に霧散した。 浮かんだのはその時だけ。 ほんの一瞬の夢物語。 C.C.に尋ねられるまで、すっかり忘れていた。 でもきっと。 あれは死にゆく自分が思い描いた、理想の明日だったのだろう。 「私はな、ルルーシュ。あの時不思議に思ったんだ」 突然話し始めたC.C.に、何の話だと視線を向けた。 「シャルルとマリアンヌ。あの二人と対峙した時に、お前が神にかけたギアスのことだよ」 「ああ、あれか」 懐かしい話だなと、C.C.へ向けていた視線を手元の本へ戻した。 「明日が欲しい。たしかにお前はそう言った」 「ああ、言ったな」 「だが、私は不思議に思ったんだよ」 「だから何がだ」 「お前はこう言ったんだ。それでも” 俺は ”明日が欲しい、と」 文字を追っていた視線を再びC.C.へと戻した俺は、何が言いたいんだと尋ねた。 「お前は言ったんだ。” 俺は ”明日が欲しいのだと。そのお前が明日を捨てて死を選んだ。あのギアスは” 俺 ”つまりルルーシュ、お前自身が明日を求めた結果、神がその声を聞き入れた。なのに、お前は明日を迎えること無く死んでしまった」 「・・・だから?」 「だから、お前は幽霊になったのだろうな」 「言っている意味がわからないんだが?」 わからないか?と、C.C.はピザをかじりながら目を細めた。 「肉体は滅んでしまったが、お前に明日を見せたくて、神はお前の肉体が無くても生きられる状態、つまり幽霊として世界に縛り付けていたのだろう」 「・・・そんな理由で幽霊になっていたと?」 「ああそうだ。それともう一つ、お前の無自覚な夢を叶えるために」 「・・・」 「だが、その無自覚な夢を私が知ることで、その夢を叶える段取りが整ったわけだ」 「・・・」 「ルルーシュ、お前は今、幸せか?・・・ああ、聞くまでもないか」 くつくつと笑いながら魔女は楽しげにピザを口にした。 「おまえな、いいか」 「あ!ここにいた!!ルルーシュ!」 魔女に一言文句を言おうとした時、ドアが開く音と同時に大きな声で名前を呼ばれ、思わず身体がビクリと反応してしまった。名前を呼んだのは、ふわふわとした栗毛色のくせっ毛を持つ童顔の男。男はこちらの姿を見つけると、一目散に駆けて来た。 「こらルルーシュ!またこんな所でサボって!」 「煩いスザク。大体、俺にはあんなもの不用だ」 「あんなものじゃないでしょ。ダメだよサボったら。僕も一緒に行ってあげるから、ね?」 断固拒否の姿勢を見せるルルーシュと、許さないよと怒るスザク。 その姿に魔女は楽しげな笑い声を上げた。 「だめだろう、ルルーシュ。ちゃんと” お父さん ”と呼ばないと」 「・・・っ!」 その瞬間、ルルーシュは恥ずかしさから顔を真赤にして硬直した。 「ちょ!やめて!僕ルルーシュにお父さんって呼ばれるのは嫌なんだよ!」 パパもヤだからね!! こちらの男は、本当にそう呼ばれるのが嫌なのだろう。断固拒否と顔に書いていた。 「なにを嫌がっているんだ?事実は事実だろう、お父さん?なあルルーシュ?この男はお前の実の父親だろう?呼んでやったらどうだ?」 「「C.C.!」」 恥ずかしさから呼べない4歳の幼子と、父親扱いされたくない20代後半の青年は、同時に魔女の名を呼んだ。 「賑やかだと思ったら、ここにいたんですね、お兄様」 再び開いた扉の向こうには、穏やかな笑みを浮かべた女性がいた。 「ナナリー!!」 助かったと言うように、幼いルルーシュはナナリーに駆け寄った。 「違うだろう、ルルーシュ。ナナリーじゃなくて” お母さん ”だ」 魔女はくつくつと笑いながら再び注意を促す。 幼い魔王は顔を赤く染め、お母さんは嫌ですと、母親となった娘は眉を寄せ、だよねと同意するのは父親となった青年。 「私は何も間違ったことなど言っていないぞ?」 ピザを一口かじりながら、魔女は優しく目を細めて三人を見つめた。 「お前には、なにか夢があるのか?」 「俺に聞いたのか」 他に誰がいると言いたげにC.C.は「そうだ」と口にした。 「夢なら全て叶えた」 「叶えていない夢もあるかもしれない。それこそ、本当に夢と呼べるようなものが。この状況の原因がなにせ全くわからないからな、何かやりたかったことや、願っていたことがあった可能性はないのか?」 「別にないが・・・そうだな。強いて言うなら・・・もし生まれ変わったら、という夢なら一度見たことがある。ナナリーとスザクが夫婦となって、その子どもとして俺が生まれて、幸せに笑っている。そんな光景を一度だけ思い浮かべたことがあった」 あの日、こんな夕暮れ時の空を見たとき、そんな夢物語が一瞬頭に思い浮かんだ。神がいて、命が生まれ、そして帰る場所があったのだ。生まれ変わりもあるのかもしれない。あの二人が夫婦となった時、その子として生まれる可能性もあるのではないか?という夢を抱いて死ぬのも悪くはない。 「・・・くくくくく、アハハハハハハ!なるほどな。ああ、納得した。そうか、そういうことか。ああ、理解ったぞ。私には全部わかった。そうかそうか、これ以上ない理由だなそれは。アハハハハハ」 そうだった、この男の思考はとにかくナナリー、そしてスザクだ。 こいつの描く未来は、ナナリーとスザクが幸せに笑う未来。 願う夢は、そんな二人と共に生きる未来。 だが、ルルーシュは死んでしまった。 肉体は失われ、スザクはこうして狂うほど苦しみ、ナナリーも恐らく同じぐらい苦しんでいる。今の状況はルルーシュの夢とはかけ離れすぎている。このまま時間がどれほどたっても、ナナリーとスザクが笑う未来など来ないだろう。 ましてやその二人が夫婦となり、その子どもとして生まれる未来など有り得ない。 だが、神は聞き入れてしまった” 俺は ”明日が欲しいというルルーシュの願いを。 神は知っているのだ、ルルーシュが無意識下で夢見た明日がどんなものかを。 自然に任せたままでは、その夢は到底かなわないことも神は知っているのだ。 だから、ルルーシュを残した。 「そうかそうか。その考えには私は至らなかった。これでは魔女失格だな。いいぞ、叶えてやろうその願い。私が、全ての条件を整えてやる。ああ、任せておけ」 だが、神よ。 愛情を注ぐことに長けた男ではあるが、恋愛関係には鈍感すぎるんだよ。 そんな男に、自分の両親となる二人のキューピッドになれなんて無理な話だ。 わかった、なってやろう、この私が。 愛のキューピッドというやつにな。 何簡単な話だ。 ルルーシュが再び生まれてくるために手を貸せといえば、ふたつ返事で返ってくるだろうさ。 なにせあの二人も少なからず想い合っている。その相手と二人で、最愛の人物をこの世に再び迎える事ができるなら、拒む理由もない。 ” ルルーシュに ”明日を。 そのための場を作り出してやるさ。 その結果が、今。 幼稚園をサボっていた幼い息子を叱りながら抱き上げた父親と、仕方のない子だと苦笑する優しい母親。 死を間近に控えたルルーシュが見たささやかな夢の姿。 ・・・ただ、夢と違うのは。 「そうだルルーシュ、そろそろ聞かせて欲しいな」 スザクはさわやかな笑顔をルルーシュに向けて、強請った。 「聞かせる?何をだ?」 「君ぐらいの年齢になると、普通言うだろう。その、父親、に、向かって」 自分で言うのも嫌なのか、父親という言葉の時だけものすごく嫌そうな声でいった。 「何をだ?」 「・・・お父さんのお嫁さんになるって、言うだろ?ね、ルルーシュ、言って。スザクのお嫁さんになるって!」 ・・・始まったな。そろそろ始まる頃合いだと思っていたんだ。 ルルーシュが生まれたあの日から、密かに行われていたこの夫婦の特殊な喧嘩が。 「何を言っているんだ。大体俺は男だ」 馬鹿かお前はと、幼いルルーシュは呆れたように息を吐いた。 「そうですよスザクさん。お兄様の場合は、お母さんをお嫁さんにする、ですよね?」 「ナナリー!?」 まさか似たような発言を嘗ての妹がすると思っていなかったルルーシュは驚きの声を上げた。 「いいんだよ、お嫁さんで。言って、ルルーシュ。言ってくれたらすぐ婚約するからね」 ナナリーとは離婚することになるけど、大丈夫、二人の面倒はちゃんと見るから。 「はあ!?」 「何を言ってるんですかスザクさん。そんなことを言うなら離婚後の親権は私のもの。お兄様とは一生面会させません。もちろん結婚など即却下です。私がだめといえば、お兄様はスザクさんの元へは絶対に行きませんよ?お兄様、ナナリーと死ぬまで一緒にいてくださいね」 私以外と結婚は許しませんからね? 「な、ナナリー?」 そう、ルルーシュの取り合いだ。 少なからず想い合っていた相手とはいえ、ルルーシュと比べられるものではないのだ。 スザクにとっての、ナナリーにとっての一番は今でもルルーシュ。 下手な虫がつく前に、互いに自分のものにしようと必死なのだ。 なにせ昔は同姓の親友だから、妹だからと身を引いていたが、その結果死に別れたのだから、再会出来た以上後悔しない為にも絶対に自分のものにするのだと、二人は思っている。 二人のことが大好きなルルーシュは、これから大変だろう。 だが、最後にルルーシュをもらうのは私だけどな? 「おじゃましまーす!ルルー遊びに来たよ!」 「おじゃまします。あ、スザクさん!兄さんから離れて下さい!」 おっと、ヴィレッタのところの姉弟が来たか。 「お邪魔します。あらスザク、どうしてルルーシュを抱き上げているんです?おろして下さい」 コーネリアの娘も来たか。 まあ、ルルーシュの明日のためには、必要な3人かもしれないが、まさかこんな身近に記憶を持ったまま生まれてくるとはな。これも神の仕組んだ事なのは間違いない。 まあ、見ている分には面白いが、やらないからなお前たち。 「ロロ、危ないってか痛いよ!ユフィも離れて。ルルーシュは僕のなんだから。あ、シャリー危ないから引っ張るのはやめてよ!」 賑やかになったその場所を見て、魔女は楽しげにくつくつと笑った。 |